kayabachonorb’s blog

旅と鉄道とあたし

【駅を巡る旅#028】宮城・山形2024年3月(その2)

はい。前回からの続きです。陸羽東線です。大崎市の平野部に入り順調に大崎市中心部へと向かってコマを進めております。

 

【上野目駅】かみのめ

池月駅より国道108号線を南東方向へ4km。丁度国道が陸羽東線をオーバークロスするところに上野目駅はあります。所在地は宮城県大崎市岩出山下一栗(しもいちくり)新中の町。田園地帯のど真ん中。

上野目駅 全景

ローカル!1面1線のシンプルな駅。駅舎ではなく、待合室がホームにあるだけ。山並み見えますが、ここは既に平野部です。そして空が広い!もちろん無人駅です。1面1線であるので、交換駅ではありません。ホームに待合小屋があるだけのタイプ。北海道で見られるものより少し立派な感じでした。

上野目駅 駅前

で、駅前はこんな感じ。というか駅前というかなんというか…。ホームへの出入口がスロープとなっており、道路から直接入ることができます。そして隣接して踏切。で、出入口が警報機より線路の内側というのもこの手の駅の定石。踏切内に入って駅に入る感じです。ホームは土盛りタイプ。土手の上に柵があってその先がホーム。陸羽東線は非電化なので、架線が無いので、この土手が鉄道の駅であるという認識は踏切を外したら一般的にはできないのではと思ってしまうぐらい。そのぐらい素朴な駅。駅直近では民家などは無いのですが、周辺にはごく小さい集落があります。

上野目駅 駅名標

普通、パイプのフレームなのですが、ここはアングルのようです。ものすごく仮設感のある自立型の駅名標。なんか名板が若干歪んでいるようにも見えるところが、仮設感を助長してます。それにしてもかなり錆が進行しているようです。

上野目駅 鳴子温泉方面を望む

ホームの向かいは田んぼ。線路との間には柵などは無く、地続きで田んぼの様相。勿論田んぼですから水路や農道はありますが…。で、ホームは何とかホーム幅半分強アスファルト舗装されております。点字ブロックはありません。消えかかっておりますが、白線はありました。

上野目駅 古川方面を望む

前方に築堤が見えますが、これが国道108号線。国道がオーバークロスしています。季節の良い日の晴れた日中であったらボケーっとできそうな駅ですが、雪や雨が降る夜なんて、結構しびれそーです。これ照明ってどれだけあるんだろうか?気にしてなかったけど、夜結構怖いかも。

ということで、上野目駅は以上です。次に参ります!

 

有備館駅】ゆうびかん

このあたりの地名で、「岩出山」という文字が良く出てくるのですが、この「岩出山」とは伊達政宗により命名されたとされております。元々この辺は岩手沢という名称でした。安土桃山時代、秀吉の奥州再仕置によって米沢から岩手沢に移動させられた伊達政宗岩出山に改名し、それが定着したということのようです。(だいぶ省略しましたが)その国の領主が移動するという意味は城を変えるという事。つまりこの岩出山というのはいわゆる城の名前でもあります。伊達家というとイコール仙台というイメージですが、関ヶ原が終わるまで、伊達政宗の本拠地はここ岩出山でした。(だいたい京都にいたようですので、その実ここ岩出山にはほとんどいなかったようですが…)関ヶ原が終わると今度は家康から領土が新たに与えられてしまったので、「ここは四男に任せて、自分は仙台で頑張るわ~」てな事だったようです。それ以来、まぁ、言ってみれば分家ですよね。正宗の四男ですから城主が。ということで、晴れて「岩出山伊達家」が誕生するというストーリーらしいです。さてでは、有備館とは何ぞやということになりますが、この岩出山伊達家により、江戸時代に郷学(学問所)として岩出山城北側の隠居所・下屋敷の敷地内に開設された施設だそうです。明治維新以降この施設は「岩出山伊達家」の居宅として使われてきたのですが、1970年に庭園含め行政に移管され一般公開するようになったとのこと。(だいぶ省略しました~)そんな城下町というか、岩出山城北側にある有備館の最寄りの駅がこの駅です。(長かった~)

有備館駅 駅施設全体

1996年開業の比較的新しい駅。つまりJRになってからの駅。観光と地元産業のアピールと地元の公民館を融合した複合施設的な駅。「ユービック」というらしい。建物は木造平屋。岩出山の杉と県内産のカラマツを使用した建物。陸羽東線の他の駅とはかなり違ったイメージの駅です。因みに無人駅です。

有備館駅 アプローチ

駅への導線は道路からこの中庭を通りアクセス。木造屋根の伽藍で取り囲まれた空間は、どこか寺社の様相。シンプルなのですが祝祭性もあり、不思議な高揚感がある空間となっています。で、公民館とされている写真右手前は、駅の待合としても利用されています。

有備館駅 出入口

ホームへの出入口はこんな感じ。施設の先に階段があり、ここからホームへ上がります。

有備館駅 ホーム古川方面を望む

ホームは1面1線のシンプルなつくり。床は鉄骨の軸組の上にPC版。点字ブロックがあります。ホームはいたってシンプルで、他の陸羽東線の駅ともあまり変わらない印象でした。勿論、出来だ年はだいぶしがっているので、ディテール含めこちらはアップデートされています。右に見える建物はユービック。

有備館駅 鳴子温泉方面を望む

平野部とはいえ、この辺りはお城があった場所。小高く盛り上がった丘がありまさにこの場所を城としておりました。陸羽東線はその山裾(丘裾)をなぞるように走っております。駅の反対側には民家があり、住宅街を形成しております。

有備館駅 ホームからユービックを望む

さっきとは逆で、ホームからユービックを見たところ。駅の規模とは不釣り合いの施設。それでも観光地の駅。WelComeボードもあります。ユービックはあくまで駅に隣接する付随の施設ですが、ホームの屋根の意匠をこの施設のデザインに寄せている為、逆にどこまでも駅構内に見えてしまします。

有備館駅 駅前

で、駅前はこんな感じ。道路を挟んでその先が「有備館」。そしてその入り口。駅から指菅までの連続した意匠の流れがあり、確かに上手く作った感じがします。観光施設とその玄関としての駅。少しこれまでの陸羽東線の駅とは違った空気感を持つ駅でした。てなわけで、有備館駅は以上です。次に行きま~す!

 

岩出山駅】いわでやま

有備館駅が勝手口だとしたら、こちらの岩出山駅は正面玄関といったような位置づけ。有備館からおよそ1kmほどしか離れていない、陸羽東線の主要駅。いわゆる岩出山城下町観光の主要な玄関。そして大崎市に合併される前の岩出山町の玄関でもありました。岩出山城址の周辺はいかにも城下町の風情で、観光地然とした街並みがあります。その街の中心への導線がこの駅から一直線に岩出山に伸びる道路。さながらこれが神社だったら、表参道とも言われているような道。その道を岩出山城址の麓より駅へ向かいます。所在地は宮城県大崎市岩出山字東川原。

岩出山駅 駅舎全景

写真中央の木造平屋の建物が旧駅舎。現在は鉄道資料館ポッポランド。その奥、RC平屋の小さい建物が現駅舎。駅及び関連施設含めかなり整備されております。

岩出山駅 駅前

で、駅前はこんな感じ。小さいながらロータリーになっており、中央には小さなDL。現役当初はスイッチャーだったのか、民間企業の牽引用なのかは定かではありませんが、ここで使われていたものではなさそうです。あくまでモニュメントと思われます。それにしても不思議な空間。大半の場合、ローカル線の主要駅、もしくは準主要駅の駅前は駅舎の正面からまっすぐに伸びる駅前通りというものがありますが、ここは横というか若干斜めについております。つまり駅を出た先からパースペクティブに街並みが広がる感じではなく、ロータリー正面に民家が並ぶ景色が広がります。この辺の駅の中では確実に主要駅と呼べる駅であるにもかかわらず、この感じ。なんか狭い。観光地のバックボーンが全く見えない感じの雰囲気です。駅前から斜めに伸びる道がその観光地へと続くものとなっており、岩出山の麓まで到達するようになっております。が、しかし実際のところはその観光地へは殆どの場合、バスで行かれているようで、人の往来のグラデーションとしてはこの駅前が一番薄くなっておりました。店舗の数も岩出山城址に近くなるほど増える感じ。実に寂しい現実です。

岩出山駅 駅舎

現駅舎です。RC平屋。コンパクトな駅舎で、旧駅舎より小さい建物です。昔は今のような意匠ではなく、いたってシンプルな「箱」でした。2008年に今のような意匠になったそうです。どうもお城。岩出山城をイメージしたそうです。自販機も合わせてます。まぁ、ねぇ~。観光地ですからねぇ~。この日は平日の昼間ということもあり、人の往来はほとんどなく、観光客はほぼ0。列車の到着に合わせて地元の方が利用している程度。せっかく観光地仕様にしたのにね。

岩出山駅 駅舎内

お城のイメージなんですよね。格天井だし。床はタイル貼りで、点字ブロックもあります。この辺は主要駅らしさがあります。まぁ、比較的すっきりとしている方かと思います。自販機はありますが、無人駅です。とはいえ切符を販売している以上ここから先への立入は入場券が必要。う~ん。ちょ~っと時間が無いので、ここはパスかな。ということで、岩出山駅でした。

今回はここまで。次回もこの続きとなります。ではまた。